機関誌『日本作業療法士協会誌』

第58回日本作業療法学会 開催報告

この記事は、『日本作業療法士協会誌』154号(2025年1月15日発行)に掲載しているTOPICSのWeb版です。

第58回日本作業療法学会を振り返って

  3回目の札幌開催となった日本作業療法学会が無事終了しました。開催週になって急激に気温が下がり、雪が降ったこと、そして大きなコンサートが同日に市内で行われることからホテルが取れないといった相談も多く寄せられ、無事に会員の皆さんに来ていただけるのか不安な幕開けとなりました。実際には現地参加者2,116名、Web登録者584名、ジョイント開催となった第8回アジア太平洋作業療法学会(以下、APOTC2024)から継続参加者461名と、約3,000名の方に参加していただきました。ご参加いただいた皆様、運営に携わったスタッフ、すべての方々に感謝申し上げます。
  今回の学会はAPOTC2024とジョイント開催ということで、会期を通常の3日から短縮して2日間で行うこととなりました。このため、例年のように多彩な企画ができない状況でしたが、学会企画委員会との協議の結果、会員の皆様の発表を優先しようということになり、講演やシンポジウムは限られた数のみを行うこととしました。その甲斐もあってか、口述演題266題、ポスター演題847題と、1,100演題を超える演題が発表されました。参加された会員にとっては、さまざまな研究に触れ、全国の作業療法士との討議も行うことができ、充実した大会になったのではないかと考えています。

学会長講演中の仙石 泰仁氏


過去2回の札幌大会を踏まえた学会テーマ

  札幌開催の最初の学会は、故佐藤剛氏が学会長を務められた第25回学会(1991年6月13日・14日開催)で、「四半世紀からの出発―適応の科学としての作業療法の定着を目指して」というテーマのもと、作業療法の基盤を適応の科学として再構築し、高齢化社会を迎えて大きな変換を迫られている保健医療の一翼を担う専門職になるために必要なことを考える学会と位置付けられて開催されました。2回目は、清水兼悦氏が学会長を務めた第50回学会(2016年9月9~11日開催)。「半世紀の実績と将来への展望―日本の作業療法を拓く」というテーマで、半世紀の実績から継承するべきものは何か、次の半世紀に向けて日本の作業療法を拓く羅針盤となる学会を目指して開催されました。
  この間、毎年、歴代の学会長がテーマを決めて充実した大会を開催してこられました。今回は3回目の札幌ということで、第25回と第50回の学会テーマを踏まえ、「作業療法の効果を最大化する知識・技術・環境を問う」というテーマを設定しました。
第25回学会で確認された「適応の科学としての作業療法」が、その後の25年間で蓄積された知識と技術、そして成果が第50回学会で一度整理されました。さらに、最近の10年足らずの間に、デジタル技術の飛躍的進歩に伴い、ビッグデータを活用した新たな医療・福祉の枠組みがつくられ、人工知能やロボットリハビリテーション等、新しい枠組みも急速に発展しています。加えて、2020年に起こったCOVID-19のパンデミックは、人々の生活を大きく変えてしまい、我々作業療法士に求められる役割も変化せざるを得ない状況を生み出しました。これらの社会の変化は、明らかに新しいフェイズに入ったと考えられ、これからの作業療法士は急速に変化する社会を的確に捉え、患者や対象者がそれに対応していくための基礎的な能力を分析し、適切な治療や援助を行える能力が必要となります。そこでは治療や援助で生活のどのような側面を改善・維持させていくのかに関する基盤となる思想が必要です。その思想が適切であれば、作業療法の効果が最大化するのではないかと考えています。
  もう一点重要な視点としては、作業療法士の数の変化があります。表に示したように我が国では2020年時点で人口10万人当たりの作業療法士数が60.8人まで増加し、2010年からの10年間で極端な増加を示しています。このまま増加していくと2030年代には対人口比では世界一となります。このことは、これまで欧米を追随してきた作業療法実践ではセラピストが過剰となる可能性もあり、日本独自の作業療法の役割を開拓していくことが重要となると考えられます。近年、学校、産業保健、司法等、さまざまな新しい領域での活動が報告されてきていますが、これらを発展させていくための知識・技術・環境を蓄積していくことも学会の重要な役割だと思っています。

日本 米国 英国 ドイツ スウェーデン ノルウェー デンマーク フィンランド
2000 15.4 30 25 20 35 30 25 20
2010 30.7 40 35 30 50 45 45 35
2020 60.8 50 45 40 70 65 65 55

表 人口10万人当たりの作業療法士数の国際比較

第58回学会のプログラムを振り返る

 本学会では4つの教育講演、1つのシンポジウム、1つの市民公開講座を実施しました。
教育講演1では「脳血管障害に対する作業療法:新たな可能性の探索」というテーマで、専門作業療法士資格を取得した方たちが、竹田綜合病院の長谷川敬一氏を中心として企画運営されました。この講演ではリハビリテーション天草病院の髙橋啓吾氏、山形済生病院リハビリテーション部の大瀧亮二氏、福井医療大学の酒井涼氏から、モーションキャプチャーを使用した評価と治療、EBPを推進する取り組み、ディープラーニングを用いた動作解析とスプリントといった新しい視点から脳血管患者への取り組みについて紹介されました。
 教育講演2では「両手のパフォーマンスを評価する―AHAグループの測定ツールを用いて―」というテーマで、秋田県立医療療育センターの渡辺誠氏を中心に企画を運営していただきました。スウェーデンで開発されたAHAは、片麻痺等により片手の機能が低下している子どもを対象に、両手を協調して使う能力を評価する国際標準の検査ツールです。しかし、我が国ではまだ標準化されていないために、フランスでの普及に尽力されたリヨン赤十字病院のRachel Bard-Pondarré氏とフランスで作業療法士として働いている船越紀子氏に検査の概要と普及に向けた活動について講演していただきました。
 教育講演3では「内部障害でのリハビリテーションで作業療法士が期待されていること」というテーマで、神戸大学の佐藤央基氏に企画・運営をお願いしました。この講演では呼吸理学療法で日本の指導的な立場で尽力されてきた理学療法士の石川朗氏(神戸大学)から、作業療法士が内部障害のリハビリテーションにおいて重要な役割を果たす可能性があることが提起されました。神戸市立医療センター中央市民病院の早川貴行氏からは、実践報告が行われました。
教育講演4では、大量のデータを単純化して理解・考察しやすくする「クラスターデータの解析」を、昨年の第57回学会(沖縄)に引き続き、大阪公立大学の新谷歩氏にお願いし、座長として神奈川県立保健福祉大学の長山洋史氏に務めていただきました。
シンポジウムでは、札幌医科大学の森本隆文氏と杏林大学の早坂友成氏が共同座長となり、「新たな精神科作業療法の方法論:作業療法の意義と価値を再考する」というテーマで大学病院に勤務する4名のシンポジストから実践の報告がなされました。また、その報告に対して指定発言者として杏林大学の坪井貴嗣医師と信州大学の杉山暢宏医師から作業療法士が果たす役割や期待について示唆に富んだ意見が出される等、精神科作業療法の今後を考えるシンポジウムが行われました。
 市民公開講座は「健康まちづくり」というテーマで、千葉大学予防医学センターの近藤克則医師からご講演をいただきました。近藤先生は社会疫学と健康格差に関する我が国の代表的な研究者のお一人であり、0次予防を基盤とした地域介入の実践とその実践のなかで地域住民の健康状態の変化について紹介されました。講演には医師や保健師等の専門職や札幌市民も多数参加し、たいへん有意義な時間となりました。特に先生の実践のなかで作業療法士が果たした役割の大きかったことを紹介していただき、作業療法の啓発にもつながる内容であったと感じています。
次期、第59回学会の開催地は高松となります。今回の学会で得た知識や人脈が次の学会でさらに発展するように願っております。

(第58回日本作業療法学会長 仙石 泰仁)

開会式で挨拶する山本伸一協会長

教育講演3 早川貴行氏の講演の模様

教育講演3 早川貴行氏の講演の模様

市民公開講座にて講演する近藤克則氏

市民公開講座にて講演する近藤克則氏