「共感的な理解」には、認知症の方を笑顔にする力がある (3/4)
認知症の方とご家族の支援をしている作業療法士 松下太さん(森ノ宮医療大学)のインタビューの3回目です。
周囲の協力で「できないこと」を「できること」に。そのためにも地域と繋がり、仕組みをすこし変えていけたら、と松下さんは考えます。
3回目 周囲の協力で「できないこと」が「できること」に
「認知症では? 進行するのでは?」という強い不安
認知症の方を支えるご家族に、「できることはないか?」「工夫すれば、もっとできるのではないか?」という視点を大切にしていただきたいと願うのは、私たち医療スタッフにできることには限界があるからです。認知症の方がもっている力を発揮できる環境をつくるには、ご家族の力が不可欠なのです。
そのことを実感したのは、息子さんと2人で暮らしているEさんのケースです。Eさんは「自分は認知症では?」と不安になり、ご自身で、地域包括支援センター(以降「包括」と略)に相談に行きました。そして包括から支援チームに要請が入ったのです。
Eさんの息子さんは仕事が忙しいため、会ってお話しすることができませんでした。そこで、メッセージを書いた手紙を自宅内に置き、手紙を使ったやりとりを始めました。
このやりとりは、私たちのサポートが終わるまで続き、結局、息子さんとは一度も会いませんでした。
Eさんと直接お話をさせていただくと、「自分は認知症ではないか? この先どんどん進行するのでは?」という不安がかなり強いことがわかりました。
そこでEさんに「まずは病院に行きましょう。認知症と診断を受けたら、薬を飲めば進行のスピードを抑えられます」と説明。Eさんが「病院に行きます」と言ってくれたので、次に、Eさんを受診させてもらうよう息子さんに依頼しました。
実際に受診したところアルツハイマー型の認知症との診断で、薬を飲むことになりました。ただ、ご自身では服薬の管理ができない状態だったので、その日に飲む薬を入れるポケットがついた「ピルカレンダー」を用意。その後も、なんとかEさんが毎日服薬できるようにいろいろと働きかけたのですが、薬の飲み忘れが多い状態でした。
毎朝薬を飲む環境をつくることで、精神状態が安定した
そこでEさんの息子さんに手紙を書き、現状を報告した上で、服薬のサポートをしていただくように依頼したのです。具体的には、息子さんが毎朝仕事のために家を出るとき、Eさんが薬を飲むのを確認していただけないかとお願いしました。
その結果、Eさんは毎日決まった時間に起きて薬を飲むようになり、生活リズムが整っただけでなく、薬の飲み忘れがなくなったことでご本人も安心できたようです。Eさんの精神状態は安定していき、大好きなパットゴルフにも行けるようになったのです。
Eさんは認知症を発症する前は、パットゴルフに行くのが日課でした。ところが発症後は、不安が強いこと、また、認知症の症状で、時間の概念も少し悪くなっていたこともあって、パットゴルフに通えない状態になっていました。
しかし、息子さんが「毎朝Eさんに薬を飲ませる」という役割を担ってくれたおかげで、Eさんは大好きだったパットゴルフに行けるようになった。できなくなっていたことが、ご家族の協力によって、できるようになったのです。
銀行でお金を下ろせないのは死活問題
一人暮らしのFさんのサポートを開始したのは、やはり包括からの依頼がきっかけでした。
Fさんは銀行でお金が下ろせなくなっただけでなく、1日に何度も買い物に出掛けて同じものを買い込んでくる。そのことを知った包括の方から、「一緒に対応をお願いします」という依頼が入ったのです。
早速、Fさんのご自宅に包括の方と一緒に伺うと、警戒されてドアも開けてもらえず、まさに、門前払いという状態です。ですがFさんもAさんの場合と同様、足しげく通うちに少しずつコミュニケーションがとれるようになりました。Fさんが、銀行でお金を下ろせなくなっていたのは、暗証番号を覚えることができなくなっていたからです。途方に暮れたFさんが銀行のスタッフに、「暗証番号を忘れてしまった。教えてくれませんか」と相談しても、「申し訳ございません。お伝えすることはできないんです」という答えです。もちろん、お客さんの大切な資産を守るために必要な対応です。しかし、暗証番号を覚えられないFさんは、自分のお金を引き出すことができず、食料品を買うこともできない。Fさんにとっては死活問題です。
仕組みを少し変えるためにも、地域との連携を進めていきたい
そこで私たちは銀行の方と相談したところ、ATMの近くでお客さんの対応をされているスタッフの方に、Fさんの顔と暗証番号を覚えてもらい、来店したFさんに暗証番号を教えていただけることになりました。暗証番号は重要な個人情報なので、本来ではあり得ない対応です。しかし、お客さん対応をするスタッフがいつも同じ方であること。また、Fさんが認知症によって生活に支障が出ていることを考慮して、特別対応をしてくださったのです。そのおかげで、Fさんは一人暮らしを続けることが可能になりました。
これはかなり特殊なケースですが、認知症の方ができなくなった部分を、少しサポートしてくれる仕組みが社会の中にあれば、認知症の方ができることが広がり、住み慣れた家やまちで生活することが可能になるのです。そういう意味でも、私たち作業療法士も、これまで以上に地域との連携を進めていく必要があると考えています。
次回は8月13日に公開します