脳出血で半身麻痺が残っている初老の男性。もともと旅行好きだったので「旅行に行ってみませんか」と誘うのですが、不安があるのかなかなかうまくいきません。作業療法士の視点から、こうした人にどのようにアプローチすればよいか、教えていただけませんか?
脳出血で半身麻痺が残っている初老の男性。もともと旅行好きだったので「旅行に行ってみませんか」と誘うのですが、不安があるのかなかなかうまくいきません。作業療法士の視点から、こうした人にどのようにアプローチすればよいか、教えていただけませんか?
疾患により何らかの症状や障害をかかえている方の中には、外出や旅行に対して「こんな体じゃ行けない。」「周りに迷惑がかかる。」と思っている方が多くいると思います。そのような方に対して、外出を想定した具体的な動作方法の検討や道具の工夫はもちろん必要です。しかし、外出を望みながらも踏み出せない方の中には、外出先だけではなく自宅や自宅周辺の生活にも悩みや不安を抱えている方もいます。普段の生活という基盤が不安定な状態では、楽しく安心できる外出、旅行は成り立たないというのが私たちの実感です。私たちが経験したことを踏まえて、外出や旅行に踏み出せない方へのアプローチについて、いくつかの具体例や必要だと感じた点についてご紹介します。
まずは食事についてです。自宅で食事は食べられていても、姿勢保持や上肢機能の問題で食べこぼしをしてしまうため、それを気にしたり、食べる姿がみっともないと感じている方もいます。そのため外出先で食べる姿を見られたくないと思う方、食事をするための道具でも、ピンセット型の箸やスプーンでは食べている気がしないと感じる方もいます。些細な悩みに支援者側が気づいて解消することで、外食してみようという気持ちが出てくることもあります。
次に移動についてです。「自宅内の短距離は歩けるが、長距離は難しいため、外出先では車椅子を使いましょう。」と提案しても「一人じゃ移動もできないのか。迷惑をかける。」と、受け入れられない方もいます。
私たちが経験した事例の中で、本人も家族もはじめは旅行を第一目標としていたわけではなく、「畑を見たい」「近くの神社に歩いて参拝に行きたい」との希望に対して歩行器を紹介したり、人工呼吸器を歩行器に固定する方法を考案したりしました。自宅近郊での外出には車椅子やクッションの選定を行い、歩行器と車椅子の併用を提案しました。自宅周辺や自宅近郊の外出ならば本人も家族も不安なくできるようになってきた頃に、本人から「旅行に行く」という言葉を発せられました。非常に行動力のある方で、自ら旅行会社に問い合わせたり、車椅子を積めるタクシーを手配したりと私たちが旅行の内容に直接関わることはほとんどありませんでした。旅行中の移動方法を本人と確認している中で自ら「ここはそんなに歩かないから歩行器で大丈夫。」「最近は歩けなくなってきているから車椅子も一応持って行く。教えてもらったクッションもあるからお尻も痛くならなくて安心だ。」との発言がありました。本人や家族に、身体や移動環境に合わせて方法や道具を選択できることを知ってもらったこと、段階を踏んで、実際に動作を経験したことが旅行につながった事例でした。
以上のことから、担当する方が外出や旅行をためらっている場合、外出という大きな目標だけに捉われず、普段の生活の中での悩みや不安があるのかご本人の「できる能力」を発見することも必要だと思います。それらを本人や家族、理学療法士・言語聴覚士等の他職種と共有し、心身機能や人・物的環境の多方面から解決方法を考えることが大切です。活動範囲を少しずつ広げながら本人、家族と経験を積み、ためらいや葛藤、できたことを共有することで、外出や旅行における具体的な問題点や心配事を抽出したり共有しやすくなるというのが私たちの実感です。
まずは、自宅内や自宅周辺での生活を、本人・家族と共にもう一度見直してみてはいかがでしょうか?
■回答
山田 愛(国際医療福祉大学病院 リハビリテーション室)
森 知香(国際医療福祉大学病院 リハビリテーション室)
坂下 沙織(岩室リハビリテーション病院)