自動車の運転支援を、地域で考える
鍵野将平さん(琴の浦リハビリテーションセンター)
病気やけがで運転が困難になった人をどう支えるのか。特に公共交通機関が少ない地域では、大きな課題となっている。和歌山県である作業療法士がはじめた「草の根」の動きが広がりを見せ、地域を巻き込んだ大きな流れをつくろうとしている。
「和歌山県での取り組みは、まだまだ始まったばかりなんです。ですから、お話するのも少し気が引けるのですが…」と謙遜するのは、作業療法士の鍵野将平さん。普段は社会福祉法人琴の浦リハビリテーションセンターに勤務している。鍵野さんが、和歌山県では初となる、主に脳卒中の患者の運転復帰支援を考える会「和歌山運転すんの会せんの会」を作ったのは、2016年の3月のことだったが、以前から仕事を通じて脳卒中の後遺症を抱える人たちの運転支援の必要性を感じていたという。「和歌山県は、公共交通機関があまり整っていないんです。日常生活をするうえで、自動車への依存度がとても高い」。脳卒中に罹患し、退院した人の中に「運転を再開したい」という要望も多いのだという。その一方、運転を再開したいという要望に対応する支援の体制は、これまで必ずしも十分ではなかったと、鍵野さんは感じていた。「再開にあたっては、医師の診断書や運転免許試験場での適性検査などが必要になるのですが、自己判断で運転を再開してしまう人も少なくないのです」。医師と、実際に運転支援の現場をよく知っている作業療法士との連携が薄いことも課題で、「医師が運転不適格と診断したケースでも、作業療法士が適切な支援を講じれば、運転ができたかもしれないというケースも、もしかしたらあったかもしれません」(鍵野さん)。運転ニーズは高いけれど、それを支える体制はまだこれから、という和歌山県で、鍵野さんは活動を始めた。
「最初は私と、たまたま知り合った2名の作業療法士の、わずか3名ではじめたんです」と鍵野さん。会の形式も、どのように取り組んでいくかという将来像もあまりなく、ただ運転支援に興味がある3人の作業療法士が不定期で集まっての勉強会から始まった。「最初は、とにかくいろんな情報を集めようと、それぞれが本やネットなどで情報を持ち寄っていました」(鍵野さん)。活動を続けるうちに、まずは当事者、家族への、基本的な情報の周知が不足していることに気づくと同時に、活動を広げ、作業療法士だけでなく医療・福祉職はじめ地域の様々な立場の人たちとつながることが必要だとの考えに至った。そこで、運転再開に必要な情報をまとめると同時に、会の活動を告知するためのパンフレットを作成することにした。パンフレットの内容は、運転再開に必要な手続きなどをまとめたものや、脳卒中などで高次脳機能障害になった人が運転する際に起こりがちなトラブル、たとえば「方向がわからなくなる」、「会話しながらの運転が難しい」などのポイントを紹介したもの。当事者に呼んでもらうというよりは、病院や施設、あるいは教習所などで支援者に活用してもらおうという狙いだった。「印刷費は、持ち出しでしたね(笑)」と鍵野さん。その甲斐あって、地方紙などメディアにも記事として取り上げられ、パンフレットへの問い合わせが増えた。パンフレットをきっかけに、会の活動が徐々に広がっていった。今では会のメンバーは20名ほどに増え、職種も作業療法士だけでなく言語聴覚士など他の職種にも広がっている。また医師はもちろん自動車教習所など地域とのつながりもできてきた。
2018年度からは、和歌山県作業療法士協会の中に特設委員会として「自動車運転(移動)支援推進委員会」が設置され、鍵野さんはその委員長になった。次に作ろうとしているのは「移動支援」のパンフレットだ。仮に自動車が運転できなくなったとしても、地域内を自由に移動することを支援するための情報をまとめる。「コミュニティバスや福祉タクシー、あるいは補助金など、行政ごとに様々な制度や支援策があるのですが、まだ知られていない。これをまとめることも必要だと感じています」。「和歌山運転すんの会せんの会」の活動はさらに広がりを見せている。
「和歌山運転すんの会せんの会」の勉強会。今では多くの参加がある
■施設情報
琴の浦リハビリテーションセンター
〒641-0014 和歌山県和歌山市毛見1451番地
電話:073-444-3141