横浜市総合リハビリテーション事業団・藪崎さや子さん
「片手でクッキング」というレシピ本が話題だ。片麻痺者を対象にしたレシピ本だが、ポトフやアクアパッツァなどのメニューが美しい料理写真で掲載され、一般のレシピ本と遜色ない出来上がりで人気を博している。東京ガスが発行したこのレシピ本の企画・制作にかかわった作業療法士に話を聞いた。
「くぎ付きまな板」で食材を固定することで、片手で皮むきもできる
「今から『ツナとトマトソースのペンネ』と「鶏肉の炭火焼き風とグリル野菜」の二品を、20分で作ります。チャレンジしてくれるのは、このイケメン高校生です!」。登場したのは、浅く日焼けした若い男性。あまり料理をしそうな感じには見えない。聞くとこの男性は、幼少時に脳卒中を患い、以来右半身が麻痺しているのだという。今日、このイベント会場で行われる料理ショーのタイトルは「片手でクッキング」。そう、この高校生が、20分で、片手で、二品の料理を作ろうというのだ。少し不安になって様子を見ていたが作業療法士の指導のもと、手際よく作業を進めていく。気づいてみると、確かに時間内に2つの料理が出来上がっていた。しかもどちらも、カフェで出されるようなおしゃれな見た目のおいしそうな料理だ。出来上がりを前に、にっこりと笑う男性。ここは、社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団が主催するイベント「ヨコハマ・ヒューマン&テクノランド」の会場内。福祉機器や福祉サービスの展示、あるいは障害者スポーツの体験など、障害者・高齢者の生活を支援する様々な製品・サービス・情報が集められた展示会の会場内で、「片手でクッキング」の実演が行われた。レシピのベースになっているのが、同事業団が監修し、東京ガスが発行したレシピ本「片手でクッキング」だ。監修を行った作業療法士の一人が、同事業団の作業療法士・藪崎さや子さん。この日のイベントでも司会を務めた。
片手で調理をするときに最も大きな課題となるのが、食材や調理器具をどうやって固定するのか、ということだ。調理動作を考えてみると、利き手で包丁やキッチンバサミ、トングなどを持ち、もう片方の手で、食材や皿、ボウルなどを固定することが多い。片手が使えないと、この「固定する」動作ができない。解決のための工夫の一つが、まな板に3本程度のくぎを刺してある「くぎ付きまな板」を使うことだ。食材をくぎに刺して固定できるので、皮むきや、食材を切る動作がしやすい。また、ボウルや皿の下に濡れ布巾を置くことでズレにくくなる。この「固定する」工夫を中心に、他にも片手で持ちやすく、扱いやすい道具の選び方や、調理の準備・片付けの工夫などがある。
実はこうした工夫は、作業療法士であれば誰でも知っている。料理に限らず片手でできる生活行為、家事活動や趣味活動等の工夫を利用者が「したいこと」に応じて提供することは作業療法士が行う支援として当然のことである。特に「調理」は、人に必要不可欠な「食べること」につながり、病院や施設などでも、リハビリテーションのメニューとして非常によく行われている。一方で、東京ガスは以前から家庭向けの料理教室の活動を長年行うなかで、料理の楽しさを伝えてきた。障害がある人の動作や生活を見る「プロ」である作業療法士と、レシピの作成や料理教室を行っている企業とが出会った結果、これまでに例のない「障害のある人向けのレシピ本」が出来上がった。「カフェ飯」さながらのメニューや、美しい料理写真は、これまでの「片麻痺の方向けの料理本」にはない、このレシピ本の大きな特徴だ。このコラボレーションは、作業療法士にとって大きな刺激になった、と藪崎さんは話す。「私たち事業団では、もう10年ほど片麻痺者のための料理教室を開講しています。東京ガスの担当者がその教室を見学しに来てくださったことから今回の話につながったのですが、一緒に制作してみてメニューのおしゃれさ、出来上がった料理のきれいさに驚きました。同時に、これなら作る人のモチベーションも高まるんじゃないかという期待が生まれたんです」(藪崎さん)。
作業療法士と一般企業がコラボレーションすることで、作って楽しく、食べておいしい「片手でクッキング」の楽しみが広がれば、片麻痺者の生活はもっと豊かなものになっていくのではないだろうか。
■施設情報
横浜市総合リハビリテーション事業団
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