OTのスゴ技(作業療法士)

当事者とともに取り組むくらしの道具づくり

OTのスゴ技

福祉用具

林園子さん(ファブラボ品川)
 3Dプリンタなどの浸透により、「モノづくり」の高度な技術を誰でも手軽に利用できる環境が整い始めている。こうした環境を活用し、障害当事者や支援者が、自らくらしの道具を作り出すことを支援している作業療法士がいる。

「メイカソン」の様子

「メイカソン」の様子

 3Dプリンタやレーザー加工機などの工作機械を備えたモノづくり体験の場である「ファブラボ」。なにかを作りたいが、設備もノウハウもあまりない、という人が、自分のアイデアをかたちにすることができる。しばしばワークショップなどのイベントを行う、地域の人たちに開かれた場所でもある。また、ファブラボ憲章という運営コンセプトによって、世界中の「ファブラボ」同士がつながっていることも大きな特徴で、国を越えて共同制作もできる。工作機械が比較的安価になり身近になったこと、インターネットの普及を背景に、世界中にファブラボが広がり、大きなネットワークを作っている。

 東京都品川区、東急大井町線中延駅前にある「ファブラボ品川」は、2018年4月から運営に作業療法士が参画するようになった。運営主体である合同会社ハマナカデザインスタジオの代表社員・濱中直樹さんは、「以前からファブラボを、単に地域に開かれ、誰でも利用できる場というだけではなく、社会のなかで役割をもった場にしたいと思っていました」と話す。作業療法士の林園子さんとの出会いを得て「作業療法とモノづくりのコラボレーションならば、ファブラボを社会のなかに位置づけることができると思った」と話す。一方の林さんは、「作業療法士といえば、自助具(自分で、身の回りの動作を行いやすいように特別に工夫された道具)製作などモノづくりは仕事の一部と言っていいくらい身近な存在。ならば、3DプリンタやICTなど最新の技術を、もっと現場で活用したい」という思いがあった。そこで「作業療法士のいるファブラボ」として「ファブラボ品川」を立ち上げ、以降、自助具づくりに強いファブラボとして、活動を続けている。

 そうした「ファブラボ品川」の活動を象徴するのが、品川区などと共に定期的に開催している「メイカソン」だ。参加者が企画・設計から3Dプリンタなどの工作機械を使って試作までを行う。参加者はいくつかのチームに分かれ、生活上の困りごとを抱えているニードノウア(need knower:障害のある方やその支援者)の話を聞く。チーム内で話し合いながら、その人にとって最適な道具を作り上げる。医療・福祉関係者だけではなくエンジニア、モノづくりに興味のある人、障害者もチームに加わり、さまざま立場や視点から検討を行う。自分の使う道具づくりに参加した「ニードノウア」がモノづくりの面白さに目覚め、作る側になって、二度、三度と参加することもあるという。

 メイカソンでは、まず「ニードノウア」の話を聞くことが最も大切だと林さんは言う。「エンジニアなどモノづくりの職能がある方々は、話をよく聞く前に完成形のイメージを固めてしまうことがあります。それに対して私たち作業療法士は、ニードノウアの話を聞き、深く掘り下げながら、その人が本当にしたいこと、欲しいものはなんなのか、を明らかにしていくことができるのです」。作業療法士がもっている、その人の生活を掘り下げ、分析する視点がよりよいアイデアを生み出すことに必要なのだという。

 メイカソンで作られた道具の一つを紹介しよう。身体に障害があり字を書くことが苦手なニードノウア。話を聞くと、障害によって文字の間隔が認識できず、書く文字が重なってしまい、自分の書いた字が読めなくなってしまうと評価した。そこで書く文字の間隔を適切に調節するための補助具(下写真参照)を設計し、レーザー加工機で加工した。それを使って文字を書いたところ、うまく書けるようになったという。

 「メイカソン」をはじめとするファブラボ品川の活動を通じて、「自分で使うものを自分で作ることは、より便利で、使いやすい道具を手にできる機会であると同時に、自分の暮らしに主体的に参加する機会だと思います。こうした『参加』の場を増やしていくことも、作業療法士の大切な役割だと思っています」と話す。

 さらに林さんは、ファブラボ品川を通じ、リハビリテーションの現場に最新の技術や機器を普及させようという活動も行っている。「例えば訪問リハビリテーション事業所に3Dプリンタを置き、作業療法士がその使い方を身につければ、自助具づくりの幅がこれまで以上に広がると思います」。ワークショップを開催したり、ガイドブックを作ったりして、作業療法士をはじめとするリハビリテーション職向けに3Dプリンタなどの工作機械の活用法を伝えている。

 当事者、支援者などニーズに近い人こそが、どんな道具が必要か知っている。そうした人たちが自ら自分の暮らしをよくするための道具を作り出すことができる。さらに、こうして作ったものがインターネットを通じ、世界の誰かのくらしを便利にするかもしれない。ファブラボ品川の活動は、モノづくりの過程を共有することで、障害当事者に新しい社会参加の場を作ろうという試みでもある。

メイカソンから生まれた筆記補助具

メイカソンから生まれた筆記補助具。切り欠きにあわせて文字を書くことで、適切な間隔を保つことができる。デジタル工作機械を用いるデジタルファブリケーションでは、道具のデータの保存や共有、リミックス (データの一部修正) ができる。

■施設情報
ファブラボ品川
〒142-0053 東京都品川区中延4-6-15
電話:03-6426-1967
HP:https://fablab-shinagawa.org/