永生クリニック・岩谷清一(いわや せいいち)さん
高齢化により「寝たきり」が課題となって久しい。「寝たきりゼロ」は大きな目標だが、作業療法士の視点でとらえると、「寝たきりゼロ」を実現するためのポイントは、その人らしい「活動」と「参加」の実現にあることがわかってくる。
家族旅行での記念写真(写真提供:岩谷清一さん)
高齢者が、脳卒中などの疾患、あるいは骨折などの外傷によってベッドから起き上がれない状態になってしまうのが、いわゆる「寝たきり」だ。動けなくなってしまうことで、筋力低下や関節拘縮、意識や意欲も低下する「廃用症候群」になり、寝たきりの状態から抜け出すことができなくなってしまうという悪循環に陥ってしまうことも多い。
厚生労働省は1980年代後半から寝たきりの高齢者を減少させるべく、さまざまな施策を行ってきた。そうした流れの一環として、日本作業療法士協会は平成28年度に国庫補助金事業「介護保険施設等における寝たきりゼロのためのリハビリテーションの在り方に関する調査研究事業」(以下、本事業)を行った(報告書・活動と参加につなげる離床ガイドブック(入門編・実践編):http://www.jaot.or.jp/science/rokenjigyo.html)。本事業を担当した作業療法士の一人、永生クリニックリハビリテーション科科長・岩谷清一さんは「病院や施設内での寝たきりの方を一人でもなくすために、作業療法士の視点が重要なのではという観点から本事業が計画されました」と、事業の意義について話す。
「活動と参加につなげる離床ガイドブック(入門編)」の一部
いわゆる「寝たきり」の人が「離床」できるようになるために、本事業では全国13ほどの病院・施設で、医師、看護師、介護職、作業療法士など多職種によるチームをつくり、いくつかのステップを経て離床へと至る計画を作成・実行した。ステップの中でなによりも大切なのは、その人がなんのために離床するのか、動けるようになってなにがしたいのかという「目的」をはっきりさせ、本人・家族およびチームの中で共有することだ。
「廃用症候群を防ぐためだけに離床をする、つまり離床が目的になってしまうと『ただ起きている』、『ただ車いすに座っている』だけの状態になってしまいがちです。当事者も、家族など支援者のモチベーションも上がらず、結局また寝たきりの状態に戻ってしまうことも少なくありません」と岩谷さん。本人が主体的に食事や趣味などの「活動をする」、レクリエーションや外出など「社会に参加する」ために離床することが重要だ。離床の目的を設定し、共有するためには、その人が「それまでどのような暮らしをしていて」、「これからどのような暮らしをしたいと思っているのか」を聞き出し、可視化する必要がある。
離床の目的を可視化・共有したあとで、その目的や、あるいはその人の身体の状況に合わせて離床の手段を検討する。疾病や障害によって必要な車いすの種類は異なる。重度者対応では病院備品としてまだ普及していない、ティルト・リクライニング機能付きの車いすが必要な人も多い。また車いすの形状だけでなく、一人ひとりに、それぞれ適切な座位姿勢で車いすに乗ってもらうための車いすの調整やクッションの選択、ベッドから車いすへ乗り移る「移乗」の適切な方法についても検討していく。介護職や家族などの負担にならないような移乗の仕方を検討しておくことは非常に大切だ。「車いすへの移乗というと、対象者を抱きかかえる、いわゆる『抱え上げ』をイメージする人が多いのですが、支援者と本人の負担が大きく、また本人の持っている能力を活かすこともできないので、おすすめできません。一人ひとりの能力に合わせて、適宜スライディングボード(ベッドと車いすの座面に橋渡しするように配置して、移乗をサポートする板)やリフター(対象者を吊り上げて移乗をサポートする用具)などの福祉用具を活用するほうが、支援者の負担も少なくて済み、本人も安心して移乗できます」(岩谷さん)。こうした細かい計画や調整を経て、従来はベッドから動くことのできなかった人が車いすに乗り、施設内はもちろん、人によっては外出も可能になる。この一連の過程の中で、作業療法士は、離床に必要な身体機能等の評価、また車いすの適合や適切な移乗方法の提案などを行う。
岩谷さんが担当した重度四肢麻痺の女性は、当初「動けないのなら、生きていても仕方がない」と言っていたという。しかし本事業で介入することで「生きているんだから、動きたい」という希望を口にするようになり、家族旅行に飛行機に乗って行くことができた。「一緒に旅行した孫の希望だった、夏休みの宿題が旅行先でできたことで、おばあちゃん役をしっかり果たすことができたのも、彼女にとってはうれしいことだったようです」と岩谷さん。まさに離床による「活動」と「参加」を実現した事例だ。
岩谷さんは、「離床によって、その人が活動的になること、社会やコミュニティ、人間関係に参加できるようになることが大切です。『生きているから動きたい』という、普通に動けている人にとっては、当たり前で気づきにくいこの「切なる思い」に応えようとする作業療法士の視点が求められる部分だとも思います」と話す。作業療法士が関わることで、あらゆる人がその人らしく「活動」し、「参加」する社会をつくる。そのことが結果として「寝たきりゼロ」につながっていく。
■施設情報
医療法人社団永生会永生クリニック
〒193-0942 東京都八王子市椚田町588-17
電話:042-661-7587