2020東京オリンピック・パラリンピックが近づき「障害者スポーツ」に注目が集まっている。大阪府に、障害者とスポーツの関係性を考え、スポーツを作業療法的な視点から活用している作業療法士がいると聞いて訪ねた。
7月初旬の大阪。梅雨の晴れ間の日曜日。朝から暑くなった。ここは、大阪市の「南津守さくら公園スポーツ広場」。地元のプロサッカーチームの所有するサッカー場だ。10時の少し前から、大勢の親子連れがやってくる。中には、電動車いすに乗っている人もいる。大阪保健医療大学が主催する、「障がい者サッカースクールFriendly Action(以下、Friendly Action)」参加者だ。Friendly Actionでは、障害のある子どもを対象としたサッカースクールを不定期で行っている。もともとは大阪府内で開催していたが、石川県金沢市、静岡県浜松市、東京都町田市、兵庫県神戸市など、全国に活動を広げている。
強い日差しの中、スクールがはじまる。指導にあたるのは、プロサッカーチームのスクールコーチ3人。気さくなコーチぶりで、子どもたちの心をつかむ。スクールのプログラム自体は、健常の子どもたちを対象としたサッカースクールと大きくは変わらないという。軽くジョギングで体を温め、ボールを使った追いかけっこなど、親子で参加できるエクササイズの後、試合形式のゲームが行われる。ただし、運営には作業療法士や理学療法士、福祉施設関係者など、Friendly Actionのメンバーと、医療・福祉を学ぶ学生のボランティアが関わる。重度の障害のある参加者などには、学生がついて支援する。
Friendly Actionの活動は、足立さんの仲間の作業療法士や理学療法士、福祉関係者に声をかけて始まった。集まった人たちには、足立さんをはじめ、サッカー経験者はおろか、スポーツをやっている人ですら少なかった。それでも「やるなら、本格的な環境、芝のあるグラウンドでやりたい」と、活動当初から、地元のプロサッカーチームに声をかけ、グラウンドを提供してもらった。「一流の環境をそろえると、参加者のやる気がぜんぜん違うんです」。おそるおそるはじめた初回、参加した障害者の目の輝きを見てすぐに「これだ」と思ったという。回数を重ねるうちに、参加する障害者も、足立さん達支援スタッフも、乗ってきた。そんな時「スぺシャルオリンピックス日本」のユニファイドサッカー大会が大阪で行われることになった。「ユニファイドスポーツ」は障害者と健常者が一緒のチームとなって行うスポーツで、ユニファイドサッカーはその一種目だ。大会に出場するという目標ができて、活動はさらに本格化した。最初は普段着に革靴でボールを蹴っていた人もいたが、今ではみんな、揃いのユニフォームに身を包み、マイスパイクを持ち込む。もう「いっぱし」のサッカー選手だ。成人障害者とのサッカー活動を継続する中で、「子どもが参加できる機会もほしい」という声が出てきた。そこではじめたのが冒頭の障害のある子どもを対象としたサッカースクールだ。反響は予想以上。現在はバスケットボールスクールも開催している。これからも発展的継続が課題だという。
精神障害者の就労支援に携わっていた足立さんの「就労の支援をしている障害者たちの『余暇』について、ほとんど知らなかった」という気づきから、この活動は始まった。だから、最初の対象は子どもではなく、働いている成人の障害者だった。「福祉施設でも余暇の時間などはありますが、単純な、みんなでできるものになってしまっていて、本格的な趣味にはつながらない」と感じた足立さん。そのことと、就労支援における「ある課題」がつながった。「特例子会社(企業が障害者雇用のために設立・運営する子会社のこと)に勤めている障害者などを見ていても、健康面に不安があり、定年まで勤め上げることができない人も少なくありません」。40歳を過ぎ、体力が衰えてきた障害者が、それまでと同じ作業をこなすことができなくなって、職場から結果的に脱落してしまうことが、就労支援での課題となっていた。「障害者が仕事に就くための就労支援や、職場で働き続けるための定着支援は行ってきましたが、もっと長いスパンで、障害者と関わっていかないといけないな、と感じていました」。そこで浮かび上がってきたのが「スポーツ」だった。スポーツの中でもサッカーを選んだことには、特別の理由はなかったという。道具も少なく、誰でも楽しめるスポーツであればよかった。
足立さんが考えるFriendly Actionの活動は、「トレーニング」でも「治療」でもない。あくまでも「外に出て人と交流する機会の少ない障害者の余暇活動の機会」だ。「能力を高める」のでも「仕事に役立つ」のでもなく、「人生を通じて楽しめる何か」を作ることが、足立さんの関わってきた障害者たちに必要だと感じた。その視点は、はじめた時から今まで変わっていない。この日印象的だったのは、電動車いすでやってきた、ある参加者の姿。自分の力では短い時間しか立っていられない、重度の障害。その参加者が、両脇を学生のボランティアに支えられ、一心にボールを蹴る。蹴ったボールが思った通りに飛んでいくと、手を叩いて喜ぶ。ついには自分の足で駆け出し、ボールを追いかける。長い時間立っていられないから、走り出すと、すぐに座り込んでしまう。だが、またすぐに起き上がり、ボールを追いかける。身体にはかなりの負担がかかっているのだが、その表情には苦しさはなく、むしろ楽しそうに笑っている。プロのコーチやリハビリテーションの専門職に見守られている「本物の環境」「安心した環境」だからこそ、やる気のスイッチが入る。その経験は、大げさに言えば、その人の「人生の可能性」を広げることにつながる。「やってみて感じたのですが、スポーツって、作業療法のツールとして最高だと思うんです」と足立さん。作業療法士ならではの視点でスポーツと向き合うことが、多くの障害者やその家族の暮らしを広げている。
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