「福祉用具」と聞くと、高齢者、あるいは成人の障害者向けに作られるものをイメージする人が多いのではないだろうか。しかし、障害のある子どもたちにとっても、福祉用具は同じように、あるいはそれ以上に重要だという。今回は、福祉用具を活用して子どもの発達を支援する作業療法士の姿を追った。
静岡県立こども病院は、すべての小児疾患に対応する小児総合医療施設だ。静岡県内はもちろん、県外からも多数の利用者が訪れる。作業療法士である鴨下賢一さんは、障害のある子どもたちの発達を、作業療法士の視点から支援している。静岡県立こども病院を訪れる子どもが抱える疾患や障害はさまざまで、近年では障害がある子どもが増えているという。
鴨下さんが力を入れている領域の一つが、福祉用具を使ったリハビリテーションだ。障害のある子どもたちに福祉用具を使うことで、適切な発達を促すことができる。障害のある子どもの中には、体の動かしづらさがあって、スプーンや鉛筆、お箸の使い方を身につけるのに苦労する子どもがいる。そのときによく見られるのが、5本の指すべてでスプーンの柄や鉛筆を握りこんでしまうこと。本来は親指と人差し指、中指で保持することで、鉛筆もスプーンも、自由に使うことができるようになる。鴨下さんは、シリコンでT字型のグリップを作り、それを柄に取り付けることで、5本の指で握りこまずに小指側を固定し、親指や人差し指側が操作と手の機能の発達を促せるようにした。この用具を使うことで、自然と手の機能の発達を促すことができる。
また、自閉症のある子どもが椅子に座って作業をするとき、しっかりとした姿勢が長時間保持できず、次第に腰が前や横にずれてきてしまうことがよく起きる。姿勢がくずれると作業がしにくいこともさることながら、集中力が失われ、よそ見が多くなったりしてしまうという。そこで鴨下さんは、シリコンで作られたシートを椅子の上に乗せ、その上に座ってもらうようにした。シートが滑り止めの役割をして、座る位置がずれず、長時間正しい姿勢を保つことができるようになった。座り方を改善することで、集中力が高まり、落ち着きが出てくるという。
福祉用具を活用することで、子どもの発達を促し、学校や家庭生活はもちろん、将来の社会適応を支援することができる。また、とりわけ障害のある子どもにとっては、生活の動作が改善することは、単にその動作ができるようになるというだけでなく、生活に対する意識や意欲を改善することにつながる。こうした支援を適切かつ効果的に行うためには、作業療法士としての知識や経験が重要だと鴨下さんは考えている。「ただ福祉用具を使えばいいというものではありません。子どもたち一人ひとりの発達段階をきちんと見極め、様々な機能を適切に評価した上で使用しないと、効果が薄いどころか、時には発達を阻害してしまうことさえあります」。
たとえば、箸の使い方ひとつとっても、発達の段階を考慮せず、無理に箸の持ち方を教えようとしても効果が薄いという。「一部ですが、幼児教育に携わる人の中には『3歳になったら箸の持ち方を教えるべき』と思い込んでいる人がいます。スプーンの持ち方が逆手なのに、箸の持ち方だけきちんと指導しようとしても意味がない。私は箸の持ち方を指導する前に、まず、スプーンや鉛筆の使い方を見て、指の使い方の発達段階を見極め、適正な段階になってから指導するようにしています」。さらに、箸の持ち方を指導する際によく使われている、市販の「しつけ箸」は、箸の持ち方を身につけるには適さないこともあるのだという。「『しつけ箸』は、人差し指と親指を拘束することで、指を開く動作をするだけで箸を動かすことができる、という道具です」。本来、箸を使うときには親指と薬指で手前の箸を固定し、親指と人差し指と薬指で奥の箸を動かす。それぞれの指に独立した動きをさせなければならないが、その動きはしつけ箸では身につかない。作業療法士の視点で適切に福祉用具を選定し、使い方を指導していくことが必要だ。
福祉用具を活用した支援を行うことで、鴨下さんが最終的に目指しているのは、子どもたちの「できること」を増やし、自信をつけてもらうことだ。「そのことが、将来学校に通うときや、社会に出るときの力につながります」。子どもの「育ち」を支援する福祉用具。その適切な活用に、作業療法士の視点が生きている。
■施設情報
静岡県立こども病院
〒420-8660 静岡県静岡市葵区漆山860
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