はたらくことは、いきること

どこにいても、その人らしく暮らしてもらうために

はたらくことはいきること

認知症

いきいき福祉ネットワークセンター 駒井由起子さんと、若年性認知症の人
 認知症の中でも、65歳未満の人の認知症を「若年性認知症」という。患者数が少ないせいもあってか、「若年性認知症」という病気は、まだあまり知られておらず、支援体制も整っていないという。若年性認知症の支援を行う「若年性認知症支援コーディネーター」として活動する作業療法士の姿を追った。

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 東京都町田市に住む58歳の男性、Aさん。3年前に若年性認知症を発症した。発症当時は、大企業に勤務し管理職として活躍していたが、次第に記憶障害などにより、業務に差し支えが出るようになったという。勤務する企業の産業医から相談を受けたのが、東京都目黒区にある「NPO法人いきいき福祉ネットワークセンター」に勤務する作業療法士であり、若年性認知症支援の当事者や家族を支援する「若年性認知症支援コーディネーター」である駒井由起子さんだ。

 若年性認知症は、高齢者の認知症よりも進行が早く、身体機能が良好なため、興奮など周辺症状の程度も大きくなる。年齢的に、働き盛りの人も多い。経済的な面からも、当事者の生きがいやQOL(生活の質)の点からも、仕事など社会参加の機会はできるだけ継続したい。駒井さんは職場の管理者や同僚、あるいは産業医などとの話し合いを繰り返しながら、Aさんができるだけ長く働くことのできる環境を整えていった。「職場の人たちの話をきいていると、Aさんの病状の進行に伴って、同僚の皆さんが段々と疲れていくのがわかったんです。そこで産業医の先生に、一緒に働いている人への個別面談を実行していただきました」。病状の進行に合わせて、仕事の内容を変えてもらうこともした。発症直後は、企業の研修センターで研修の準備作業などを担当していたAさんだったが、病状が進むにつれて、記憶違いや指示の間違いなどが多くなった。そこで事務室内のコピー用紙を補充するなどの作業に変えてもらったという。病状にあわせた仕事にすることで、ミスがなくなり、周囲とのトラブルも解消される。そのことが本人のストレスの軽減にもつながるという。

 家族に対するサポートも大切だ。当事者とその家族が一緒に相談に来た場合、「最初の面談で、まず家族に対してSDSという、うつ状態を自分で評価するテストを実施するのですが、家族のおよそ7割がうつ状態になっています」と駒井さんは言う。そうした家族の負担軽減を図るために、医師の診断を受けたうえで障害年金を取得するなど、家族に対しても制度面のアドバイスはもちろん、心身ともに健康な状態で当事者と生活を送るための具体的な方策の提案や助言なども行う。これもコーディネーターの重要な仕事だ。

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 病状が進行し、勤務の継続が難しくなると、スムーズに「次のステップ」に移行してもらうための環境整備をする。Aさんの場合は、遅刻や無断欠勤が目立つようになったため、駒井さんは、会社とも相談しながら休職の時期を決めた。休職までの間に地域包括支援センターへの連絡やデイサービスなど地域支援体制を整え、また成年後見人なども準備し、退職後の生活環境を整えていった。

 一番大切なことは仕事を喪失する本人のショックな気持ちに寄り添うことだという。「退職をすると自分の役割が何もなくなってしまう。自宅に閉じこもったり、抑うつ状態になる人もいます。しかし、進行性の病気であるため再就職は非常に難しく、仕事以外の新たな役割のある生活に目を向けることができるようにしっかりサポートをしていきます」。いきいき福祉ネットワークセンター内には、同じ病気の人々の集いの場として若年性認知症専門デイサービスがある。すでに通っている「先輩」たちが、「ここへ来ると自分のすることがある、何より仲間と話せることがいい。」と体験談を話してくれる。当事者が相互に支援し合う「ピアサポート」によって仕事を失ったショックが次第に癒されてくると、「清掃ボランティア活動」など仕事的活動を導入し、地域の人に貢献する作業を積み重ねていくと「自分にもやれることがあるんだ」という意欲が生まれてくる。

 そこからさらに、みんなで銀座やお台場などで街歩きをしたり、デイキャンプのような事をしたりといった「楽しみの活動」につなげていく。「病気は進行していきますので、その間『生きがいをもって楽しく生きる』ための活動をたくさん入れるようにしています」と駒井さん。「支援を通じて、当事者がもう一度生きがいを見つけられたな、と感じられた時が、一番うれしい時ですね。また、支援を積み重ね、当事者のQOL(生活の質)が向上してくると、ご家族の気持ちが安定してくる時期が訪れます。その時も、本当にホッとする瞬間です」と、この仕事のやりがいを話してくれた。また、支援に携わる者に必要とされることとして「できなくなってしまったことにこだわるのではなく、『自分も、次の新しい人生に進んでいいのかな』と思ってもらえるような場を作っていくことが必要になってきます」と、場づくりの重要性を強調する。

 2005年に、高次脳機能障害の人たちの生活支援・就労支援を目的に設立された「いきいき福祉ネットワークセンター」だが、2009年から、東京都の事業委託という形で若年性認知症の支援モデル事業を開始、さらに2012年には、全国に先駆けて若年性認知症に対する相談窓口「東京都若年性認知症総合支援センター」を設置し、「若年性認知症支援コーディネーター」を配置して、地域訪問型の相談支援を行っている。駒井さんは、センターの設立当初からコーディネーターとして活動している。本人はもちろんのこと、職場や家族にも働きかけ、病状の進行や変化に合わせて、その時々で本人が一番暮らしやすい環境を整える。「若年性認知症支援コーディネーター」に求められる働きは、作業療法士が持っている職能そのものだと、駒井さんは言う。「一人の人を、その背景や、かかわっている人たちとの関係性など『環境』の中で把握し、その『環境』に働きかけることで生活を向上させていく能力は、作業療法士ならではのものだと思います。私がこの『若年性認知症コーディネーター』の仕事をできているのも、作業療法士としての知識と経験があるからだと思っています」。

 「若年性認知症支援コーディネーター」は、2016年から厚生労働省による「新オレンジプラン」の施策として全国に広がっていく。若年性認知症は、ほとんどのケースで、発症してから3~4年で入院生活へと移行する、進行の早い病気だ。それでも、いや、だからこそ本人や家族にとっては大切な数年を、その人らしく過ごすために。作業療法士の視点と技術が求められている。

どこにいても、その人らしく暮らしてもらうために

東京都若年性認知症総合支援センターには、年間のべ2000件以上の相談がある

■施設情報
特定非営利活動法人 いきいき福祉ネットワークセンター
〒152-0003 東京都目黒区碑文谷5-12-1
電話:03-3713-8207