こんなところで!作業療法士

精神科デイケアから就労までを支える作業療法士

こんなところで作業療法士

千曲荘病院 河埜康二郎さん 

社会参加・就労支援を含む、その人らしい生活の実現のために、精神疾患や発達障害のある方がリハビリテーションをする場所として、精神科デイケアという施設があります。今回は、精神科デイケアで利用者の就労支援に継続的に取り組み、そのチームを支え、けん引する作業療法士にお話を聞きました。

作業療法の視点が活かされた
多職種チームでデイケアを支える

河埜さんが所属する千曲荘病院は、長野県上田市を中心とした上小地域(上田市・小県郡を合わせた20万人規模の圏域)に位置する精神科単科の病院です。圏域内の精神科としては最大の規模で、中核的な役割を担っています。リハビリテーションや作業療法といえば身体障害へのリハビリテーションを思い浮かべる人も多いと思いますが、実は作業療法の歴史は精神科から始まっており、今でも精神科領域で働く作業療法士がたくさんいます。

千曲荘病院外観

河埜さんは千曲荘病院のデイケアを担当して8年目。当初4人でスタートしたデイケアチームも、主任となった河埜さんが必要に応じて補強を求め、現在では作業療法士、看護師、精神保健福祉士、臨床心理士、管理栄養士、指導員(補助の職員)という総勢9名の多職種チームに成長しました。就労支援を目的とした「ジョブコース」では、多職種からなるスタッフによる幅広い視点のもと、プログラムが設定・進行されています。利用者が就労に向けて踏み出せる環境をつくる。そのために必要なチームをつくる。ジョブコースでは、利用者を支援するための環境を調整するという作業療法士の専門性が活かされていると、河埜さんは言います。

 「仕事や病状のことだけを見るのではなく、生活やご家族のことなど利用者さんの状況を包括的に考えたうえで、利用者さんご本人と話しながら今後の方向性を見出せる点も作業療法士の専門性によるものかと思います。」

 利用者の病状はもちろん、できることや苦手なことを考えて、利用者が課題に取り組めるように環境を整えたうえでプログラムをつくったりと、利用者の生活全体を客観的に評価して決めていくことが多いとのこと。こうした全体を俯瞰する視点は、利用者だけに向けられるものではありません。

 「例えば、看護師さんでも人それぞれ得意なことや苦手なことがあるので、職種縦割りの業務だけでなく、その人の得意なことを一緒にやってもらうことにしています。」

 円滑なチーム運営のため、他職種のスタッフに対しての気遣いも河埜さんは忘れません。

 

河埜康二郎さん

利用者の自己理解が深まる
就労支援プログラム

ジョブコースの期間は約2ヵ月半で、修了後半年以内に利用者が就職できることを目標としています。ジョブコースでは、ハローワークや圏域内の障害者就業・生活支援センターといった外部の機関と連携して、利用者の就労を支援します。他機関との連携の際は、個人情報の保護の観点から電話か対面でのやりとりが基本となります。どこまで利用者の状態を知らせるかは、自分で判断せずに、必ず、利用者本人と確認しながら慎重に話が進められていきます。河埜さんはジョブコースのプログラムを設定するうえで、どのようなことを重視しているのでしょうか? 大きく言ってポイントは2つあるそうです。

 「まず企業側から最もよく聞かれることは、きちんと出勤できるか、です。そのため、生活のリズムが乱れている方には、生活のリズムを整えるなど体調管理をしながら、遅刻、欠席、早退することなく、毎日デイケアに通ってこられるよう指導しています。そのうえで決められた課題をきちんとこなせているか、ですね。次によく聞かれるのが、『どんな仕事ができるか』ということ。利用者ご本人がやれること、できないことといった能力面をきちんと言語化できるようにするだけでなく、利用者さん本人が自分のことをよく理解して、自分に合った職業選択ができるかを私たちは大切に考えています。」

  実際、利用者は苦手なことやトラウマについてはよく理解していても、得意なことや長所をあまり自覚していないことが多いようです。利用者が自分を理解するには、スタッフの力だけでなく、デイケアを利用する仲間の力が大きいとのこと。

 「私もそうだよ!」

「あなたにはこんな良いところがあるから、大丈夫だよ!」

 利用者同士でお互いに声をかけ合うことが自信につながり、就労への第一歩が踏み出せることもあるそうです。こうした環境づくりができたとき、河埜さんはとても手応えを感じると語ってくれました。

 院内にはグラウンドもある。写真は運動のプログラムの様子

 

まるで就職エージェント!?
作業療法士のスキルを活かした多様な役割

 利用者は就労に向けて心身両面でトレーニングを積みつつ、ジョブコースの後半からは面接の練習やハローワークでの求人検索の方法などを学んで、就職活動をスタートします。基本的には利用者自身で応募企業を探していきますが、河埜さんが他の支援機関とも緊密に連携しながら、就職先を開拓することもあるそうです。

 「利用者さんに合いそうな職場をイメージしてマッチする企業があれば、求人票を出していなくても、ハローワークと協力して交渉します。企業から『まず実習から始めてみましょう』と言ってもらい、うまく就職までこぎつけられるケースもあるんですよ。そうして決まった瞬間はうれしいですね。」

 もちろん就職して終わりではなく、利用者が職場に適応・定着できるようにすることが重要です。そのために、利用者本人の体調管理や特性を把握するだけでなく、企業の業務内容や職場の作業環境、同僚の雰囲気なども併せて評価するという、作業療法士ならではのスキルを活かしています。さらに、求人の開拓だけでなく、河埜さんは利用者のために必要な配慮をお願いしたい点があれば企業に伝えるそうです。

 「地域の中核的な医療機関に所属する作業療法士だからこそ医師との距離も近く、求職者の病状に対する医師の見解など、利用者・企業双方が納得して働いていけるために必要な情報を適切に伝えることができます。企業に行って説明し、企業と利用者さん双方にとって良い結果に結びついた時、医療機関に勤める作業療法士としてのやりがいを感じます。」

 就職した後の利用者は、どのような様子なのでしょうか。河埜さんに聞いてみました。

 「就職してからも紆余曲折はあります。でも、頑張った自分へのご褒美として自動車を買う方が多いんですよ。スポーツカーを新車で買いましたとか、私なんかよりずっといい車に乗っていて(笑)。自分で買った車に乗って病院に来て報告してくれる時、利用者さんが働くことを通して自己実現できているのが見えるようです」と、河埜さんはうれしそうに語ってくれました。

次回は「ジョブコースからの就労と継続的支援」と題して、実際にジョブコースを経て就労された2名の利用者にご登場いただき、お話をうかがいます。