ジョブコースからの就労と継続的支援
千曲荘病院 河埜康二郎さん
第20回は、前回から引き続いて千曲荘病院(長野県上田市)の河埜康二郎さんと、今回は精神科デイケアの就労支援利用者の方も交えて、ジョブコースの良さや就職に至るまでのエピソード、精神科デイケアでの思い出等をお話いただき、その時々の河埜さんの思いや対応の意図も併せてお聞きしました。
前回に引き続き、長野県上田市にある千曲荘病院 精神科デイケアにて就労支援を行う「ジョブコース」について紹介します。
今回は、ジョブコースを担当する作業療法士の河埜康二郎さんに加え、実際にコースを経て就職に至った利用者の平井かおりさん、林大地さんを交えて実体験をお聞きしました。
――お二人はデイケアを利用してみて、いかがでしたか?
平井 最初はデイケアに毎日通うこと自体が非常に難しかったんです。でも、どうやったら毎朝ちゃんと起きられるかとか日々の悩みをスタッフさんに相談しながらなんとか生活を立て直すことができて、ジョブコースも毎日参加することができるようになりました。それが就職にもつながり、本当にありがたいなと思っています。
林 私の場合、最初の職場で人間関係がうまくいかなくて体調を崩してしまったのがきっかけで、デイケアを利用することになりました。人見知りしてしまうので、最初はデイケアに行っても誰とも話ができなかったんです。
ジョブコースでのプログラムの一つに個人発表というイベントがあって、思い出に残っています。それぞれのメンバーさんが自分の好きなものを紹介するというもので、私は小さい頃から電車が好きだったので、調べたことを表にまとめたり、自分の好きな電車の模型を使ったりして発表しました。こういった体験もあって、ジョブコースに参加することでほかのメンバーさんとも自然と会話できるようになりました。今の職場でも困ったことがあればすぐ相談できるようになり、ジョブコースで学んだことが活かされていると思っています。
河埜 個人発表はプレゼンテーションの練習になることも意図しているんです。人の発表を聞くのも楽しいし、自分の好きなものを披露することで他のメンバーに興味をもってもらうきっかけになったりなど、楽しい取り組みですね。
――平井さんは、デイケアでの体験で思い出に残っていることはありますか?
平井 私はアウトドアクラブでの活動ですね。デイケアにはいろいろなクラブ活動があるんです。アウトドアクラブは河埜さんが担当していて、たき火をしたり、ケーキをつくったり、普段の生活ではできないような体験もできてすごく楽しかったですね。
河埜 余暇活動は、利用者の皆さんと一緒に取り組む重要なプログラムの一つです。利用者さんの生活状況や前職での様子などから、今後継続して働いていくうえで必要な能力を高めるための支援として、アウトドアや手芸といったクラブ活動を導入しています。
余暇活動は仕事と同じく人間性を高めることに直結するように感じます。生活の中に楽しみやメリハリを作ること、仕事上のストレスを発散すること、誰かと一緒に活動(コミュニケーション)をする楽しさを知ること、など、日々の生活に欠かせない生活行為だと思います。
アウトドアクラブの活動の様子。院内でテント設営の練習
――現在の職場に就職したのは、どのような経緯だったのでしょうか?
平井 私は前職が介護関係だったんですが、うまくいかなかったんです。千曲荘病院に来て、その時の悩みなどを話しました。ジョブコースでは適性検査をしてもらえるのですが、その結果、臨機応変な対応が苦手ということがわかりました。それなら単純作業のほうがうまくいくのではないかということで、ハローワークの方がピッキング業務の担当者を募集している企業を紹介してくれて就職したんです。ピッキングとは、例えばスーパーのお刺身やお肉を載せる食品トレイをリストにある数集めて、箱に入れて出荷するという仕事です。自分に合っていると感じられて、今も続けられています。
林 今は介護職として働いており、利用者様の食事の介助、部屋のお掃除や排泄介助などをしています。前の職場は鋳造所でした。熱で溶かしたアルミを特殊な薬で固めた砂の型に流し込み、工業部品などをつくる、そんな仕事です。でも、人間関係がうまくいかなくて、辞めたんです。ジョブコースで河埜さんと面談するなかで、介護というか、昔から祖父の食事や排泄の世話をしていたことを話して、そういった経験を活かせる仕事をしたいと相談しました。それがきっかけで今の職場に巡り会えました。
――お二人ともご自身の適性に向き合って、納得できる就職先を選ばれたんですね。
一方で、いろいろと課題にも直面されたと思いますが、どのように克服してきたのでしょうか?
平井 私は生活リズムが乱れていたので、デイケアのスタッフさんからも「このままでは就職は難しい」とお話しされていましたし、自分でも「こんなことじゃ就職しても働きに行かれないな……」と思っていたので、直さなきゃとかなりがんばりました。悩みごとをスタッフさんに相談できたので、すごくありがたかったです。
河埜 平井さんは「働きたい」という気持ちがすごく強かったんです。それなら、就職という目標のためにはやはり生活リズムが課題になるから、うまく改善しようね、と。寝る環境や時間、生活全般にもかなり踏み込んでお互いに話し合いながら、ヘルパーさんにも入ってもらったりしました。生活改善のために可能なところは各種サービスを利用して、平井さんがしなければいけないところに集中できるように工夫しましたね。
林 私は対人関係が本当に苦手だったので、そこをまず練習しました。人から話しかけてきてもらったら対応したり、自分から勇気を出して声をかけてみたり、ですね。
河埜 林さんの場合は、コミュニケーションスキルが全くないわけではないんですよ。むしろ自信がなくて、コミュニケーションが苦手になってしまったんです。ジョブコースに通う同年代の人たちと仲良くなるなかで、実はそんなに苦手なわけでもないと自信がついてきたという感じでした。また、前職では怒号が飛ぶのが当たり前という厳しい環境だったことも、林さんには合わなかったんだと思います。林さんの優しい性格を活かせる仕事はないかなということで、介護職を提案しました。林さんの場合もやはりお仕事をしたいというお気持ちが非常に強かったので、目的意識をもってジョブコースに来られたのはよかったと思います。
――ジョブコースでは利用者が就職した後も、基本的に無期限でサポートすることになっているそうですね。
アフターフォローはどのように行っているのですか?
河埜 仕事がお休みの日に利用してもらったり、数ヵ月単位で定期的でケア会議を開いて就職先の方と一緒に最近の様子をフォローしたり、あとは電話や就職先への訪問で困っていることがないかチェックしたりすることもあります。
平井 私も休みの日にデイケアに来て、近況や今悩んでいることをスタッフさんにお話ししています。悩みが大きくなっちゃって自分じゃどうにもならないってなる前にお話して解消しています。あとはデイケアに来ることで仲間に会えるのも大きいです。
林 そうですね、私も平井さんと同じで、休みの日に来て仕事の悩みを相談したり、デイケアに来ている仲間と話したりしています。仕事で行き詰った時でも、気持ちをリセットしてまた仕事に向かえるようにしてくれる。デイケアはそんな場になっています。
――ありがとうございます。それでは最後に、お二人は今後どのようなことをやってみたいですか?
平井 やっと働き始めて、いまは生活も安定してきて貯金もできるようになったので、いずれは私も車がほしいなと思っています。あと、旅行もできるようになったら行きたいですね。
林 今、ちょうど介護職員初任者研修という資格を取りました。あと数年働くと介護福祉士の資格が取れるようになるので、それを目指してがんばっているところです。
河埜 林さんも車を買った話をすると思ったのに(笑)。林さんは、新車ですごくいいやつを買いましたよね。
林 はい、マニュアル車を買いました(笑)。
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平井さんと林さん、お二人ともデイケアでの経験を楽しそうに振り返り、充実した面持ちでそれぞれの目標を聞かせてくれました。作業療法士による実際的であたたかな就労支援は上田市のみならず、全国各地で取り組まれています。作業療法士はそれぞれの地域の実情に応じて、意外なところで多彩な実践に励んでいますので、お住いの地域の作業療法士の活動にぜひご注目ください。