こんなところで!作業療法士

学校教育現場で子どもたちの自立を支援する作業療法士

こんなところで作業療法士

子ども

神奈川県立座間養護学校 本間嗣崇さん

今回訪れたのは神奈川県立座間養護学校。座間市を中心とした周辺地域に暮らす肢体不自由・知的障害のある児童・生徒が通う特別支援学校です。今回お話をうかがった本間嗣崇さんは保土ケ谷養護学校で7年間勤務し、現在は座間養護学校で6年目、常勤の自立活動教諭としては今年で13年目を迎えました。本記事では、そんな本間さんが学校のなかで担う役割や感じているやりがい、今後の展望などについてお聞きしました。

 

 

作業療法士の創意工夫を活かして子どもたちの学びをサポート

神奈川県立座間養護学校は、座間市を中心とした周辺地域に暮らす肢体不自由・知的障害のある児童・生徒が通う特別支援学校。特別支援学校の教育課程には「自立活動」という指導領域があり、児童・生徒は、個々の障害による学習上または生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識、技能、態度、習慣等を学びます。神奈川県では作業療法士や理学療法士、言語聴覚士、心理職といった専門職が自立活動教諭として採用されています。学校で働く作業療法士は日本ではまだまだ少ないですが、教育現場は今後、作業療法士の活躍が期待される領域です。

 

私たちが座間養護学校を訪れたのは、午後の授業の時間帯。本間さんの案内で校内を見学させていただきました。家庭科室にて、本間さんが見せてくれたのは不揃いな5枚の板を箱状に組み合わせたもの。

 

「スウェーデン刺繍の実習があったのですが、小柄な子だと机の高さに合わせて座ると床に足が着かないのです。足が着かないと安定して縫うことができませんから、高さを補うために足台をつくりました。学校にあった、使われていない木材を使ってつくったのですが、こうした手製の自助具は校内にいろいろありますよ。」

 

本間さんが作製した足台。今では高さを調節できる机が配備されたので、足台が使われることはあまりなくなったという。

 

 

特別支援学校に在籍する自立活動教諭の主な仕事は、校内で教員が行う自立活動指導への指導助言とされています。本間さんはまめに校内を巡回して、教員たちから相談を受けたり、環境をチェックしたりしながら、子どもたちがより効果的に学習できるように作業療法士ならではの創意工夫を日々発揮しています。これまでつくってきた自助具で思い出深いものについて本間さんに聞くと、あるホチキスを見せてくれました。

 

「ホチキスをつかんで打つという動作をできない子がいました。その子は上から押すことはできましたが、通常のホチキスだと上から押すだけでは針が留めたい位置からずれてしまいますよね。そこで木材で台やレバーを追加して、押すだけでも安定して打てるよう改造したのです。」

 

台座には、袋になるコーヒーフィルターの折り目に合わせてガイドがつけられていたり、レバーを押す位置を示したシールが貼られていたり等、細かい工夫が施されている。なお、ホチキスは、コーヒー豆の出がらしで脱臭剤をつくる課題のために急遽作製。袋に描かれたかわいいイラストは生徒が作製した消しゴムはんこによるもの

 

 

学校にかかわるみんなの架け橋になりたい

座間養護学校は肢体不自由のある子どもたちが通っているので、車いすでスムーズに移動できるように廊下やトイレの個室等は広くスペースが取られていたり、階段には手すりが設けられていたり、障害のある子どもたちにとって使いやすいようにあらかじめ配慮されています。しかし、個々の子どもにとってより使いやすくするには、その子どもの状況に合わせた工夫を考える必要があります。

 

通常、私たちは学校や職場に所属したら、その環境に自らを適応させようとします。しかし、障害のある子どもたちにとって、どうしても環境に適応できない場面が出てきてしまいます。そんな時、本間さんは作業療法士として学校と一人ひとりの子どもたちとの間に横たわるギャップを埋めるべく、環境を調整していきます。

 

「教員が教育の専門家なのは言うまでもないですが、保護者も子育ての専門家と言えます。教員にも保護者にもそれぞれ専門家ゆえの信念があり、一時的に方向性が一致しないこともあります。そんな時、両者の間に作業療法士という専門家が加わることで指導の方向性が整理され、対象の子どもの生活が良くなることがあります。この仕事に大きなやりがいを感じる瞬間ですね。」

取材中、本間さんは何度か「架け橋」という言葉で、自らの役割を説明されていたのが印象的でした。自立活動教諭として、子どもたちと学校との架け橋としての役割を担うのはもちろんのこと、保護者や教員も含めた、座間養護学校にかかわるさまざまな人たちをつなぐ架け橋でありたいと語ります。

 

自立活動教諭は、地域の小中学校・高校・幼稚園・保育園を訪問して各種の相談に応じる「巡回相談」と呼ばれる校外業務も行います。こうした巡回相談等の機会を通じて、地域社会や医療機関、福祉施設との連携も図っています。まさに本間さんという「架け橋」は地域のなかで縦横無尽に張り巡らされているのです。

日々教材をチェックし、校内を整理整頓する本間さん 

 

子どもたちのかけがえのない毎日に寄り添う

本間さんが作業療法士としてのキャリアをスタートさせたのは脳血管センターでした。しかし、次第に「より長い期間継続して、より深く対象者の生活にかかわっていける分野はないだろうか?」と考えるようになり、そこで目に飛び込んできたのが、特別支援学校だったと言います。

「子どもたちは平日、毎日学校に来て、本校の場合は朝9時から午後3時までの約6時間を過ごします。その間は授業の様子はもちろん、食事や着替え、トイレ、遊び、掃除等の様子をみることができます。修学旅行や宿泊学習の時は、入浴もあります。そんな子どもたちの日常生活の様子を、特別支援学校という所は、最長で幼稚部から高校3年生まで、15年間にわたってかかわることができるのです。こうした条件がそろった場は他にはなかなかないのではないでしょうか。」

 

病院では、退院したら患者がその後どのような生活を送っているのか、基本的に知ることはありません。一方、特別支援学校では最長で15年もの間、子どもたちの日常生活をみることができます。そして、その15年間は人が著しく成長を遂げる、かけがえのない時間でもあります。

「偏食のあった子が徐々にいろいろ食べられるようになった」、「手づかみで食べていた子がスプーン等を工夫することで使えるようになった」そんな子どもたちの成長していく姿に、作業療法士としてかかわることができる。そこにこの仕事ならではの喜びを感じると、本間さんは言います。

 

やがて下校時刻を迎えました。本間さんは子どもたちを迎えにきた保護者と細やかにコミュニケーションを取り、「〇〇さん、さようなら」と子どもたち一人ひとりの名前を呼びかけて送り出します。子どもたちが慌ただしく下校して静かになった校舎で、本間さんに今後の目標を聞きました。

「子どもたちが卒業した後も、住み慣れた地域でより良く生きることを支えたいと思っています。可能であれば、地域と学校をつなぐ就労支援もできればと考えています。」

 

学校を卒業したら、子どもたちは自らの力で社会に羽ばたいていかなければなりません。さまざまな課題に直面した時、本間さんのように幼い頃から地域で支え続けてくれる人がいたら、子どもたちにはさぞかし心強いのではないでしょうか。学校教育現場において、作業療法士を活用する動きが全国で広がっていくことが期待されます。

神奈川県立座間養護学校